◎リスボン参事会1755年度役員

参事会会頭     アレグレテ侯爵フェルナオ・ダ・シルヴァ
市民総代      フランシスコ・ラーゲ
市民副総代(緊急) アントニオ・デ・レアン  銀細工師
市民副総代(緊急) ニクラウ・ダ・シルヴァ  銀細工師
書記官       アントニオ・デ・レアン  銀細工師
書記官(緊急)   クリストヴァ・シルヴァ  書籍商
評議員(執政官)  ジョアキム・グヴェイラ  桶屋
  同        マヌエル・カレスマ     毛織物業者
  同       ジョゼ・ロドリゲス     板金業者
  同       ミゲル・コスタ       呉服屋 
           他の評議員については不詳

   
   ◎リスボン参事会1756年度役員

参事会会頭    アレグレテ侯爵フェルナオ・ダ・シルヴァ
市民総代     ドミンゴス・ピント     馬具製造
書記官      ジョゼ・レベロ       刀剣屋
評議員(執政官) アントニオ・パエス     綱製造
  同      マヌエル・ジョアン     旋盤工
  同      フランシスコ・ロマオ     陶工
  同      マヌエル・フィアリョ    菓子屋
評議員      ドミンゴス・レゴ      菓子屋
  同       ヴィセンテ・オリヴェイラ   銀細工師
  同       ドミンゴス・デ・ソウサ   帽子屋
  同       アントニオ・バプチスタ   刺繍工
  同       イナシオ・ゴンサルヴェス  桶屋
  同       マヌエル・デ・アブリュ   桶屋
  同       ジョゼ・フェレイラ     金箔工
  同       アントニオ・シルヴァ    理髪師
  同       アントニオ・リマ      呉服屋
  同       アレクサンドル・フェレイラ 仕立屋
  同       ベルナルヂノ・ルイス    石工
  同        ジョアン・アントネス     靴業者
  同      マヌエル・ロペス       靴業者
  同       エレテリオ・ヂアス     蝋燭製造
  同       アントニオ・カルヴァリョ  馬具製造
  同        ジョアン・バチスタ      大工
  同       ジョアン・ファインハ    職工
  同        ジョアン・ラポソ        蝋燭製造

     論  文  題  目  初出  更新
 論文第一    リスボン大地震の諸相とモレイラ・デ・メンドンサ著
『世界地震通史』pdf
12/09/01  16/02/06
 論文第二 リスボン大地震とポルトガルの文人ミグエル・T・
ペデガシェ html
   
   第一節 フランスの月刊誌『ジュルナル・エトランジェ』
とリスボン在住の通信員ペデガシェ pdf
12/12/23  16/02/08
   第二節 ペデガシェの画業『地震と火災によるリスボン
荒墟の偉観』
と王都中心部の惨禍 pdf
   同挿絵pdf
12/12/23  16/02/08
   第三節 1 匿名小冊子『リスボン地震に関する正確な報告』
とその著者ミグエル・ティベリオ・ペデガシェ pdf
13/05/07  16/02/08
     2 小冊子『リスボン地震に関する正確な報告』と
明治21年日本地震学会 pdf
13/08/09  16/02/08
 論文第三   イギリス人貿易商とリスボン大地震    
   第一節 貿易商チェイスの震災記録 pdf 13/06/01  16/02/08
   第二節 貿易商ブラドックの震災記録 pdf    
 論文第四   オラトリオ会聖職者ポルタルのリスボン震災詳述    
 第一節 聖霊修道院 聖職者・居住者の受難 pdf    
   第二節 聖霊修道院 建築、装備、祭具の焼尽 pdf     
   第三節 ペレイラ渓谷山荘における避難pdf    
 論文第五   イギリスの貴族・貴紳とリスボン大地震    
   第一節 牧師リチャード・ゴダールとゴダール=ブランフィル
=ジャクソン商会pdf
   
   第二節 ドラムランリッグ伯爵とクインズベリー公爵夫妻pdf  14/01/22 16/02/16
   第三節 収税長官フランクランドと美女アグネス・スリヤージェpdf    
   第四節 貿易商ベンジャミン・ファーマーと銃製造業ファーマー
=ゴルトン社 pdf
   
 論文第六    学僧フィゲイレドの震災実録および政事日誌  
   第一節  リスボン震災・火災実録 pdf 13/11/21  16/01/26
   第二節  ポルトガル政事日誌pdf    
 論文第七   ローマ教皇庁とリスボン大地震   
   第一節 ローマ教皇大使アシエウリの通信pdf  
 論文第八   リスボン大地震とイギリスの国際関係    
   第一節 スペイン駐在イギリス大使ベンジャミン・キーンpdf    
 論文第九   リスボン大地震におけるポルトガル王権の緊急政策と
社会各層の救援活動 html
   
   第一節 リベイラ王宮の壊滅とポルトガル王権の緊急政策 pdf 15/08/06 16/03/11 
   第二節 緊急政策と救援活動の開始 (大地震前日-震災第三日)pdf 15/08/06 16/03/11
   第三節 緊急政策と救援活動の推進 (震災第四日-震災第五日)pdf 16/02/15 16/03/11
 史料第一   モレイラ・デ・メンドンサ著『世界地震通史
ーリスボン大地震』(第二部)邦訳 pdf
   

HOMEPAGE: PAST AND PRESENT 

http://hnagaya.net/index.html

【第550項】だれもが飢渇しており、種々の食料品が高騰した。用務も急
増する反面、人手が減ったため、法外な賃金も要求された。国王陛下は勅令を発
せられ、すべての食料品を10月末の価格で販売すること、いかなる仕事や労務者
であろうと、通例以上の賃金を与えてはならぬこと、かつまた違反者には刑罰と
して瓦礫除去の作業を科すことを命じられた。
啓蒙思想をたずねて —フランス 1778年=1978年 『哲学と現代』第4号  1979
プラタナスの木陰で —パリの大学・フランスの学芸 『哲学と現代』第6号  1982
ヨーロッパの学界とルソー=ヴォルテール没後200年 『教育学研究』第45巻第4号  1978
エルヴェシウスー知られざる哲学者への旅路  松島鈞編 『現代に生きる教育思想』  1981
ソルボンヌ 1979-1980年 『教育哲学研究』第43号  1981
ヨーロッパの学界とディドロ歿後200年 『日本18世紀学会年報』第1号  1986
ジュネーヴから日本の友へ —史料探索の哀歓 『日本教育史研究』第2号  1983
弾圧した側の記録 —パリから日本の友へ 『日本教育史往来』No.51   1988
 オンタリオ湖のほとり トロント大学の夏  愛教大教職員組合ニュース  2000
  開設 2012/06/28   更新 2016/03/18

継続研究 2011年ー2016年

     〔左図〕
 クロード=アドリアン・エルヴェシウス
     Michel Van Loo,
   Claude-Adrian Helvetius

    

 図説  リスボン大地震通覧 ーモレイラ・デ・メンドンサ著
『世界地震通史』と往事ポルトガルの絵図html

   
 図説  貿易商トマス・チェイスの被災証言と避難経路html     
 図説  紀行 リスボン大地震を辿るhtml    
 随想  リスボン大地震を追ってーロシオ広場とサン・アンタオ門街    

「この年11月に人類が体験した地震は規模の大きさに
よって後世のあらゆる世紀に想起されるであろう。
なぜなら、その影響は遺憾にもきわめて多くの地域に
及び、アジアのみが免れたからである。多くの悲惨な
事実が念頭に浮かび、それらの膨大さ、多様さ、深刻さ
が仔細に語るのを私に躊躇させる。だが、災厄の一端を
語るだけでも、巨大な全貌を知る手掛りになるかもしれ
ない。」
     モレイラ・デ・メンドンサ著 
『世界地震通史ーリスボン大地震』 リスボン、1758年 

 ながや ひでお 永冶日出雄  

RESEARCH PROJECT PROCEEDING : LISBON EARTHQUAKE 1755

学術論文集成 永冶日出雄 (目次詳細)html

【第546項】 国王陛下は熱情的で行動的な国務尚書、ジョセフ・カルヴァリョ(ポンバル侯爵)に補佐され、この博学な為政者を介して、国民の救済・安全・保護とリスボンの輝かしい復興のため、緊急政策を発布された。すべてが的確な決意、賢明な措置、神聖な法令であった。

ムーア門に隣接する歴代のアレグレテ侯爵邸。大地震の
被害を受けたが、修復されて1946年まで存立した。
   Desento à pena de J. J. Noguira

紀 行 ・ 随 想

カルチェ・ラタンの熱気 —〈哲学者たち〉の若き日  1982
ジュネーヴの夏祭り —文化と民族への出会い  1989
フランス国立図書館で  1991
インド映画に惹き寄せられて  1998
シネマ探索 世界への旅 —現代の映画と学生の関心  1997
パリ映画探索 1997年盛夏 —例会報告その後  1997

ネパール地震 2015年4月25日

2016年は思想家エルヴェシウスの生誕301年に当たる。

   激震に揺れるカトマンズ盆地と煙雲に覆われた古都バクタプル
(撮影:ビクラム・レイ 『ネパール・タイムズ』5月1日号)

この小路にはシャロン=リュクサンブール館(上右図)など古い建物も連なるが、
エルヴェシウス家の旧蹟は厳密には確定できない。
研究者登録 ReadResearch
  リスボン大地震 1755年ー近代ヨーロッパの社会的震撼ー

まずは『 図説 リスボン大地震通覧 』をご瞥見ください。通覧Iー通覧VIII
              http://hnagaya.net/top.html

 図説 リスボン大地震通覧 IXー王権の緊急政策と社会各層の救援活動
 
     モレイラ・デ・メンドンサ著『世界地震通史』と往事ポルトガルの絵図
【第547項】 早くも11月1日国王陛下は国務尚書を通じて、リスボン参事会会頭アレグレト侯爵に、壊滅した王都とすべての地域を救うため、軍隊、人材、資金、さらには食糧倉庫を運用するよう指令された。これこそ国王陛下の仁愛を示す不朽の証左であり、わが宮廷の信義と栄誉である。やがてリスボン市参事会の対策本部を王宮広場とリベイラ河岸に設け、火災を免れた地区や水路に頼る人々へ、国王軍の支援のもとに食料を分配するよう決定された(これを各地区の責任者が点検することも命じられた)
   【勅令】(緊急政策第5 発令1755年11月2日)
  国王陛下におかれては(リスボン参事会会頭)アレグレテ侯爵につぎのごとき勅令を発せられた。
すなわち、リスボン各市門において市外から運ばれたすべての食糧を受領すべく、然るべき参事会
評議員と行政官を任命されたい。これら行政官にはあらかじめ住民の人数と被災の軽重を調査させ、
それに従って食糧をリスボン十二地区配分することが望ましい。同封した布告複本のとおり、参事会
に協力して監察を行うよう、陛下は別途裁判官を任命されたい。


フレイル編『緊急政策編纂』
   (1758年刊)
震災発生の当日から3年間に
わたって発布された勅令・布告・
通達など公文書234件の集成。
危機管理を主導した国務尚書
カルヴァリョの依嘱により編纂
された。リスボン大地震に関す
るもっとも重要な史料のひとつ。

 ネパールの中世都市バクタプル。朝市には
近郷から運ばれた野菜が、路上に拡げられる。
遺蹟の壊滅と報じられた大地震にこれらの
人たちは無事であったろうか。
      (2009年撮影)

回 想 の ネ パ ー ル

Claude-Adrien Helvétius    26 janvier 1715-27 décembre 1771

              18世紀のグレーヴ河岸とグレーヴ広場 
        Nicolas Raguenet, Place de Greve Paris  Musee Pouchkine St.Petersburg 
 グレーヴ河岸は水運と商易の中心であり、パリ市庁舎に面するグレーヴ広場では盛大な式典とともに、
 罪人の処刑も行われた。フランスの啓蒙思想は政治・経済の枢要の地から芽生える。 

       新 規 論 文  
  リスボン大地震におけるポルトガル王権の緊急政策と
社会各層の救援活動  (目次詳細)html
 
 初出  更新
  第一章 リベイラ王宮の壊滅とポルトガル王権の緊急政策 pdf 15/08/06   16/03/11
  第二章 緊急政策と救援活動の開始 (大地震前日-震災第三日)pdf 15/08/06  16/03/11
  第三章 緊急政策と救援活動の推進 (震災第四日-震災第五日)pdf 16/02/15  16/03/11

〈 作成途上 通覧 IX 〉

モレイラ・デ・メンドンサ著 『世界地震通史ーリスボン大地震』

自由都市リスボンは商工業者を主体として形成され、市庁参事会によって運営された。参事会の役員は同業組合の親方衆から24名が毎年選出され、うち4名が執政官として市政を推進した。上記の名簿はオリヴェイラ編 『リスボン市史公文書集成』による。
また、商工業者の絵図は左上から銀細工師、靴屋、染物屋、パン屋、金具師、指物大工。

  〔右図〕
 エルヴェシウスの主著『精神論』
  パリ、1758年刊行

現在のパリ市庁舎・ノートルダム寺院一帯

ジェフロワ・ラスニエ街(18世紀パリの市街図)

再建された現在のロシオ広場。参事会館と万聖病院の跡地一階には老舗
喫茶スイッサ、帽子屋、キオスク等の店舗が連なる。左端の異端審問所
跡地は王立マリア二世劇場、広場の噴水は中世以来市民に親しまれる。
         ( 2013年撮影 SELF )

      大西洋沿岸の有名な漁村ナザレ〈左〉荒天の日漁夫の安全を祈る妻たち 〈右〉砂浜への漁獲の陸揚げ 
         (アマリア・ロドリゲス出演 映画『過去をもつ愛情』 Les amants de la Tejo から )

  巨大地震の発生 
1755年リスボン市街地

総合研究 リスボン大地震 1755年
ー近代ヨーロッパの社会的震撼ー

テェージョ河畔の高台、サンタ・カテリーナ広場に避難した被災者たち
ジョアン・クラマ 1760年制作 リスボン国立古美術館所蔵

〈上図〉ポルトガル王権によるリスボン復興の鴻業 D. .Jose I reedifica Lisboa destruida
    pelo terremoto de 1755. Gravure em cobre, sec. XVIII de P.Novelli

〈右図〉緊急政策を統率する国務尚書カルヴァリョ(ポンバル侯爵)
    Gravura do Marques de Pombal observando os planos de reconstrucao de Lisboa

自由都市リスボンの中心ロシオ広場、円内は市政を主導する市庁参事会館
(親方衆二十四会館).。右隣が王立万聖病院、左隣後方はサン・ドミンゴ
教会、左端は異端審問所。

重要な市門のひとつ、ムーア門と都心部へ通じるアレグレテ
侯爵街。震災時にはここに参事会評議員が常駐し、食品の
監査と受領を行った。

自由都市リスボンの発展は農村部における商品生産を促進し、生産物は荷車や
牛馬で大量に運ばれた。リスボンでは5箇所の市門で検問がなされ、市場への搬入
が許された。

          【布告】(緊急政策第13 発令 1755年11月3日)
 ベレン河岸およびサンタレン河岸で取引されるあらゆる魚介類について、十分の一税、譲渡税、省庁での手数料、各種の課税を、従来特例を許されぬものも含め、すべて免除するよう、国王陛下はリスボン参事会会頭アレグレテ侯爵に命じられた。

リスボン近郊の漁港ペニシェ 船上の漁夫と商人

リスボン港における魚介類取引

RESEARCH PROJECT PROCEEDING : LISBON EARTHQUAKE 1755

リスボン大地震に伴う津波の規模
図中の数値は各地への到達時間

エルヴェシウスはパリ市庁舎とグレーヴ河岸
に近いジェフロワ・ラスニエ街で生まれた。